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 食の安全と安心  vol.10 金沢和樹                  

kanazawa.JPGプロフィール                     
神戸大学教授(農学博士)
大学院農学研究科 
食品・栄養化学

コープこうべ商品検査センター顧問





「食の安全と安心」の連載は、10回目を迎え今回で最後となりました。
長い間ご愛読ありがとうございました。
最終回は、金沢先生の農業に対する思いを綴られたものです。

農業をやろう

自国でつくればすべての不安は解決する


このシリーズでは農薬、食品添加物、遺伝子組換え体、ダイオキシン、BSEなど不安な課題をとりあげて、その問題点を整理し、解決策を模索しました。その解決策はすべて実に簡単なことでした。自分で食べるものは自分でつくればいいのです。自分でつくれば不安の原因になるようなものを使いませんし、添加もしません。しかし、自分でつくれと言われても、土地も時間もないし、どのようにしてつくればいいかもわかりません。ならば、できるだけ自分に近いところ、少なくとも自分の国でつくることです。自分に近い所でつくれば、管理もできますし、近い距離の流通ですから、輸送保存のための農薬や添加物を使う必要がなくなります。これが、地産地消が推奨される理由、将来のために自給率を上げなければならない理由です。それでは、日本の農業を活性化させるにために、私たちに何ができるのでしょうか。このような話をするといつも2つの反論「農業をする土地がない」「農業に従事する人がいない」があります。これが解決できればいいのです。

農地はある

私たちは学校で「日本は小さい国で、しかも山が多いから農地が少ない」と教えられてきました。しかしこれは大きな間違いです。イギリスは平地は広いですが、岩だらけでやせており農業に適さない国です。それでも自給率は100%を超えています。スペインは山ばかりの国ですが、食べ物は豊かです。ドイツは広いですが冬は厳しいです。それに比べると、日本は温かく、雨が多く、世界でも有数の農業に適した国です。そして、現在は農地が有り余っています。休耕田が多いのです。その証拠は野生動物の異常繁殖です。とくに兵庫県は、この数年、北海道よりも多い数の鹿を捕獲処分しています。休耕田が増えて、鹿やクマなどの野生動物が休耕田を生息域にし、山と農地の境目がなくなったので、里に降りてきて農地を荒らすようになったからです。
 休耕田をもとの農地に戻せば農業生産は現在の倍以上になります。一方、現在は輸入食料の廃棄も増加しています。これは食べ残しによる廃棄ではありません。輸送中の腐敗や損失によるもの、また、輸入時の防疫検査で違反成分が検出されて水際で廃棄しているものです。そして、仮に輸入食料がゼロになったとして、国内での生産をいくら増やせば食料を自給できるかという試算をすると、現在の生産量を1.7倍に増やせばいいそうです。これは、休耕田を使えば十分に自給自足ができることを示しています。そして兵庫県を例にあげると、寒い但馬地方から温暖な淡路にまたがるため、日本人が現在食べている種類の食べ物のほぼすべてを生産することができる気象条件と農業技術を備えています。農業にもっと力を入れれば、十分に自給自足ができるのです。

みんなで農業をやろう

ではだれが農業をやるのか。私は大学1年生対象の講義で、上で述べたような話をします。食は人にとってもっとも大切なもの。食べ物がすべての人の命と健康を護っている。食料生産に関わる者は人の命を護っている。だから農業は重要だけれど、これからの日本はどうやって農業生産を維持すればいいでしょうか、と最後に質問します。すると色々なアイデアが出てきました。
1.「国内産の食料は消費税をゼロ%にする」
これはいいアイデアだと思いました。
2.「援農する」
昔からのやり方ですが、本当に援助になっているのか、また、いやな人もいますので、長続きしないと思います。
3.「農業を農事法人化して、生産に関わる人が農業に縛り付けられるのではなく、長期休暇も有給休暇もとれるようにし、またアルバイトやパートを利用する」
この案はすでに実施されています。成功例が千葉県の和郷園です。また、多くの大企業が投資をして農業を始めています。ポイントは出口、つまり消費先を確保することです。
4.「休耕田を国が借り受け、フリーターやニートにアルバイトとして農業をやってもらう」
技術習得の問題が残りますが、固定職を持たずに自由に生きたい現代の若者にぴったりのアイデアです。
5.「義務教育に農業を入れる」
学校の授業で農業実習を必須科目として行い、農業の楽しさを次世代に実感してもらおうというわけですが、これもいくつかの学校が取り入れ、少しずつ広がりつつあります。
6.「徴農制度を導入する」
極めつけがこの案でした。徴兵制度のように1年あるいは2年間の農業就業を義務付けるのです。この制度は歴史に残っています。戦争や飢饉で食料不足が続いたときに、みんなで協力して生産に励んだそうです。日本の近い将来も同じような状況になるかもしれません。

農業を無視して栄えた民族はない

食物は人が生きるための基盤です。日本はこの半世紀、食物の多くを輸入に頼って飽食を満喫してきました。しかし、少しずつ陰りが出ています。これまで食べ物を生産してくれていた国々は発展国に成長し、自国の人々の食料を確保するのに精一杯で、とても日本に売る余裕がなくなりつつあります。さらに、近年の気候変動による水不足などで、生産率が大きく下がっています。それが少しずつ食料価格の高騰を招き、日本が食料を輸入する負担になりつつあります。食料は自国で作らなければならないのです。すべての産業の基本は農業にあります。農業への工夫が水車をつくり、車になり、エンジンにもなりました。つまり、農業を無視して栄えた民族はないのです。例えばスペインは、アラブ文化とヨーロッパ文化が混じって栄え、15世紀には世界を支配する大帝国になりました。そして、その支配を完全にするためにイギリスを征服することを考え、無敵艦隊を建造しました。当時の戦艦をつくるには、船体をつくる木だけでなく、鉄の精錬のために膨大な材木を燃料として必要とし、戦艦一艘を造ると10以上の山がはげ山になったそうです。スペインの山々は、130艘の無敵艦隊が完成したときには、ほとんどすべてがはげ山になりました。農地の栄養は山から流れ落ちる水で養われます。さらに海の魚も、山の腐葉土から流れ出た栄養で養われます。山の木がなくなったスペインの農・漁業は、無敵艦隊の完成後半世紀で衰退し、イタリアやフランスからの輸入食料に頼るようになりました。世界一の大国だったスペインの地位はフランスなどにとって代わられました。無敵艦隊がイギリスに敗れたからでなく、国の体力がなくなったのです。それから5世紀が過ぎた現在、スペインは元気な国に甦っています。しかし、一度農業を軽視すると、その回復に500年かかるのです。そして、今でも飛行機から見ると、スペインは山に木が少なく茶色です。お隣のフランスが緑一色であるのと対照的です。
日本は豊かな国です。それを護らなければなりません。農業を大切にして、私たちもできるだけ農業に参加することです。すぐにできる農業に貸農園があります。ドイツでは昔から国がクラインガルテンという、一区画300平方メートルほどの貸農園を市民に貸し出す制度があるそうです。東西ドイツ併合後の経済難のときには、多くの市民が助けられたそうです。ロシアも社会制度を変えた時に大食糧難がありました。そのときには、モスクワ郊外の畑地を人々がジャガイモをつくるために利用したそうです。とにかく、生産に参加することが大切です。自分や家族が食べるものを自分たちで責任をもってつくる。それができなくても、つくる人たちを援ける。そうすれば、食料の不安は、食料不足だけでなく安全性も、すべて解決します。